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羽村山口軽便鉄道 貯水池近辺偏#1




かつて東京の水瓶として作られた村山貯水池(多摩湖)。
その村山貯水池に多摩川羽村堰からの導水管を敷設するために敷かれた軌道【羽村村山導水管敷設工事軌道】と言うらしい。
最初に敷設されたのは1921年(大正10年)だという。
村山貯水池完成後、線路は撤去された。
その後、爆発的な人口増加に伴い山口貯水池(狭山湖)を建設するにあたり、1928年(昭和3年)に再び線路が敷設され、
多摩川の砂利運搬として線路を羽村の堰より北西(対岸)に延伸された。
山口貯水池完成後、また廃線となり放置された。(線路が撤去されたかは判らない)
さらにその後、第二次世界大戦中にダムを攻撃されても耐えられるように“耐弾層”施工の為復活した。
軌間610mm、三つの用途で敷設、廃されてきた軽便鉄道。

この横田トンネルより南西に延びる多摩川の羽村の堰までも自転車で辿っているが、
今回は狭山丘陵下を潜るトンネル地帯を辿ってみる。

場所はココ(←クリックで地図)

100313-002.jpg

yamagutimap1.gif

この坑門、小学5年の頃から見覚えがある。
その頃はもちろん自転車道ではなく、そして閉鎖もされておらず、
水の溜まる気味の悪い隧道だった。
気味が悪かったが昔の子供である私達の格好の遊び場&探検舞台だった。
溜まった(微妙に流れがあった)水には蛙の卵はもちろん、孵ったオタマジャクシも居たし、
サンショウウオ(たぶんトウキョウサンショウウオ)も居た。
ヘビやネズミも居た(笑)



100313-003.jpg

現在はこのようにシャッターでもって管理されていて安心して通れる自転車道&生活道になっている。



100313-005.jpg

チャリの全長は約150cmなのでおおよそ200cmほどの路面。
この隧道は昭和3年に始まった山口貯水池の建設時のモノだろう。
それ以前の導水路用の隧道はこの下あたり(←クリックで地形図)を通っている。
導水路建設用に敷かれた鉄路隧道をそのまま導水路隧道にしたのだと思う。



100313-006.jpg

地形図読みで10~20mの丘を約150mのトンネルで抜けた東側坑口。
ちょっと日当たりが悪いらしく擁壁に苔が生えている。

<<つづく>>









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コメント

知らなかったです。

このトンネルのある西側の六道山公園には何度も遊びに行ったことはありますが、
トンネルのことは知りませんでした。

◆ひよこさん


ひよこさんが行ってたってのはいつ頃ですかね?

トンネル入り口前の道は子供の頃には無かった広い道なんですよ。
一本山側に入った裏道的な道路に入り口があったんです。
六道方面へはもう一本西側にメイン道路(つっても狭いですが)があったんです。
今でもあります。
おそらくそちらを通って行ってたんですよ。
そっちの道だと抗口は全く見えませんでしたから。

今ある広い道でも車で行ったとして、歩行者用の信号に引っかかって停まらなければ気付かないかも。

六道も子供の頃とは比べものにならないほどに変わりましたよ。
子供のころは野犬が沢山居て、夕方には近づけなかったですから(^^;

六道山公園

秋のタカ渡りで有名な場所なんです。
去年は行きませんでしたが、20年くらい前から9月の連休の頃に行ってます。
六道山公園に見晴らし台がありますよね。
あそこが望遠鏡やカメラを抱えた人たちがそのシーズンだけたくさん集まって、ちょっと異様なかんじですよ。

◆ひよこさん


>秋のタカ渡りで有名な場所なんです。
そうなんですか!
全然知らんかった(^^;

あの見晴台っていつごろ出来たんですかね。
小学生の頃にあったかなぁ・・・?

アタシは今年の春だったか冬だったかに初めて登りましたが、
けっこう高くてあちこち見渡せました。
写真撮ったんだけど、どこ行ったかな(^^;

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